日本語研修より先に職場側を直すべきなのは、安全衛生の指示が本人に理解できる方法で行われていない、相談・苦情の窓口が本人の分かる言語で機能していない、就業規則や手順書が日本語のままである、のいずれかに当てはまるときです。これらは受講者の日本語力が上がるのを待って解ける課題ではなく、労働施策総合推進法第七条に基づく厚生労働省の指針が、教育訓練と並べて事業主の努力事項として定めている環境整備にあたります。外国人労働者の雇用に関する課題として「日本語能力等のためにコミュニケーションが取りにくい」を挙げた事業所が最も多く43.9%を占める以上、環境を据え置いたまま研修だけを足しても、同じ課題は残ります。
United World Nihongo 編集部|2026年9月1日公開|出典:厚生労働省「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」、厚生労働省「令和6年外国人雇用実態調査」、出入国在留管理庁「1号特定技能外国人支援・登録支援機関について」、e-Gov法令検索「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」|出典確認日:2026年9月1日
研修より先に職場を変えるべき場合|日本語研修が効かない受け入れ体制の見分け方
日本語研修を導入したのに、半年たっても現場の困りごとが減らない。この状態は、研修の設計が悪いとはかぎりません。研修で解ける課題と、職場の側を変えなければ解けない課題が、ひとまとめに「日本語の問題」と呼ばれているだけのことがあります。
研修が効かない職場に共通する型
公的な規定は、外国籍社員の受け入れについて、教育訓練と職場環境の整備を並べて事業主に求めています。研修だけを足して環境を据え置くと、受講者の日本語力が上がっても、指示は日本語のまま、規程は日本語のまま、相談窓口は日本語のままです。伝わらない原因が受講者の側にないのであれば、受講者の側だけを変えても結果は変わりません。
この記事は、研修に投資する前に職場側を直すべき状態をどう見分けるかを、厚生労働省の指針と出入国在留管理庁の規定に沿って整理します。自社の状態が個々の規定をどこまで満たしているかという判断は弁護士の領分であり、ここでは扱いません。
制度は事業主に何を求めているか
労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律第七条は、事業主に対し、雇用する外国人がその有する能力を有効に発揮できるよう、職業に適応することを容易にするための措置を求めています。この条文を受けた厚生労働省の指針は、事業主の努力事項を次のように書いています。
教育訓練の実施その他必要な措置を講ずるように努めるとともに、苦情・相談体制の整備、母国語での導入研修の実施等働きやすい職場環境の整備に努めること。
外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針/厚生労働省 埼玉労働局
読み取るべきなのは並列の構造です。「教育訓練の実施」は列挙のひとつであり、「苦情・相談体制の整備」と「母国語での導入研修の実施」が同じ文のなかに並んでいます。研修はここでいう働きやすい職場環境の一部であって、環境の代わりではありません。
なお指針が定めているのは事業主の努力事項です。守らなければ直ちに違反になる、という書き方は本記事ではしません。ただし、何を整えるべきかの優先順位を決める材料としては、社外の記事よりもこの並び順のほうが確かです。
研修より先に直すべき六つの状態
次の表の左列に当てはまるものがあれば、そこは日本語研修では動きません。中央列が先に着手する対象で、右列がその根拠です。いずれも受講者の日本語力とは独立に、実施側の判断だけで今日から変えられます。
| 職場に現れている状態 | 先に直す対象 | 根拠となる規定 |
|---|---|---|
| 安全衛生教育を日本語のまま実施し、理解できたかを確かめていない | 教育の実施方法(使用言語、資料、理解の確認) | 指針(安全衛生教育の実施方法) |
| 就業規則・作業手順書・掲示が日本語のみで運用されている | 社内規程その他文書の多言語化 | 指針(円滑なコミュニケーションの前提となる環境の整備) |
| 相談・苦情の窓口が日本語でしか機能していない | 苦情・相談体制の整備と、その言語対応 | 指針、特定技能1号の義務的支援 |
| 入社時の導入研修が日本語のみで、制度や就業条件の説明が伝わっていない | 母国語での導入研修の実施 | 指針 |
| 「日本語ができるようになったら教える」として、教育訓練を先送りしている | 日本語能力に配慮した教育訓練への切り替え | 指針(日本語能力に配慮した教育訓練) |
| 指示の出し方や説明の仕方が、日本人社員の側で何も変わっていない | ともに働く日本人従業員側のコミュニケーション | 厚生労働省「コミュコツ」(令和6年2月策定) |
逆に、この六つがひととおり整っていて、それでも業務上のやり取りに具体的な支障が残るのであれば、そこは教育訓練で埋める差です。研修の要否は、環境を整えたあとに残った差の大きさで決めるほうが、判断を誤りません。
安全にかかわる部分は、理解の成立が実施側の責任になっている
指針は、安全衛生教育の実施方法について次のように書いています。
当該外国人労働者がその内容を理解できる方法により行うこと
外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針/厚生労働省 埼玉労働局
主語は事業主で、条件は「理解できる方法により」です。受け手の日本語力がどこにあっても、理解が成立する方法を選ぶところまでが実施側に置かれています。日本語の資料を配って読ませ、分からないほうに責任を戻す運用は、この向きと逆です。
習得を求めている条項と混同しない
同じ指針には、習得の側を求める条項もあります。
事業主は、外国人労働者が労働災害防止のための指示等を理解することができるようにするため、必要な日本語及び基本的な合図等を習得させるよう努めること。
外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針/厚生労働省 埼玉労働局
ここでも主語は事業主です。「必要な日本語及び基本的な合図等」と範囲が限定されており、対象は労働災害防止のための指示を理解できるようにすることです。汎用の日本語力を上げてから安全教育をする、という順序は書かれていません。安全にかかわる語と合図を先に絞って揃えるほうが、指針の書き方には沿っています。
特定技能1号の場合、言語対応と学習支援は別々に規定されている
特定技能1号で受け入れている場合、義務的支援の内容は出入国在留管理庁が定めています。相談・苦情については次のとおりです。
職場や生活上の相談・苦情等について、外国人が十分に理解することができる言語での対応、内容に応じた必要な助言、指導等
1号特定技能外国人支援・登録支援機関について/出入国在留管理庁
一方、同じ義務的支援のなかで日本語学習の側はこう書かれています。
日本語教室等の入学案内、日本語学習教材の情報提供等
1号特定技能外国人支援・登録支援機関について/出入国在留管理庁
言語対応は受入れ側が行うもの、日本語学習は機会を提供するもの、という線が引かれています。相談窓口が日本語でしか機能していない状態を、日本語学習の機会を増やすことで埋めようとすると、制度が分けている二つを取り違えることになります。
「日本語能力に配慮した教育訓練」という書き方の向き
指針は教育訓練について、次のように書いています。
日本語能力に配慮した教育訓練の実施その他必要な措置を講ずるように努める
外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針/厚生労働省 法令等データベース
「日本語能力に配慮した」であって、「一定の日本語能力を前提とした」ではありません。訓練を受ける側の日本語力を条件にする書き方をしていない、という点がこの条項の要点です。日本語力が上がるまで職務教育を止める運用は、指針の向きとは逆を向いています。
読める状態をつくるのは文書の側の仕事
事業主は、その雇用する外国人労働者が円滑に職場に適応できるよう、社内規程その他文書の多言語化等、職場における円滑なコミュニケーションの前提となる環境の整備に努めること。
外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針/厚生労働省 法令等データベース
「円滑なコミュニケーションの前提となる環境」という言い方が使われています。前提が欠けたまま研修を積み上げても、前提が現れるわけではありません。就業規則や作業手順書が日本語のみである職場では、まずそこが対象です。
変えられるのは受け手だけではない
厚生労働省は令和6年2月、外国人従業員を迎え入れる職場を想定し、ともに働く日本人従業員が工夫できるコミュニケーションの方法を説明した支援ツール「コミュコツ」を策定しています。話し手の側に工夫の余地があるという前提で公的な支援ツールがつくられていること自体が、この問題を受講者側の課題としてだけ扱わない根拠になります。
調査の数字は「研修が不要」を意味しない
令和6年外国人雇用実態調査(令和7年8月29日公表)では、外国人労働者の雇用に関する課題として「日本語能力等のためにコミュニケーションが取りにくい」を挙げた事業所が最も多く43.9%でした(前年は44.8%)。同じ調査で、外国人労働者を雇用する理由の最多は「労働力不足の解消・緩和のため」の69.0%です(前年は64.8%)。この調査は、抽出された8,877事業所のうち有効回答を得た3,623事業所及び11,568人について集計したものです。
最多の課題がコミュニケーションであるという事実は、日本語研修が要らないという話にはなりません。読み方として重要なのは、これが事業所側の回答であるという点です。取りにくさの原因が受け手の日本語能力にあるのか、指示の出し方や文書の言語にあるのかは、この選択肢からは分かれません。指針が事業主に求めている項目を先に確認する意味は、そこにあります。
研修が効く条件
表の六項目が整っていれば、教育訓練は残った差に対して働きます。整っていない状態で研修だけを足すと、効果が出ないという結果と、原因が特定できないという状態が同時に残ります。順序を先に決めるほうが、投じた費用の評価もできます。
よくある質問
日本語研修をしても効果が出ません。何から見直せばよいですか。
研修の内容より先に、安全衛生教育が本人の理解できる方法で行われているか、就業規則や手順書が日本語のみになっていないか、相談窓口が本人の分かる言語で機能しているかを確認してください。厚生労働省の指針はこれらを教育訓練と並べて事業主の努力事項に挙げており、環境が欠けたまま研修だけを足しても同じ課題が残ります。
研修を止めるべきだと判断する基準はありますか。
止めるかどうかではなく、順序の判断だと考えてください。安全にかかわる指示が伝わっていない、相談窓口が使えない、規程が読めない、のいずれかに当てはまる場合は、その是正を先に置きます。これらは受講者の日本語力が上がるのを待って解決する性質のものではなく、実施側が方法を変えれば今日から変えられる部分です。
採用時に一定の日本語能力を条件にすれば解決しますか。
厚生労働省の指針は「日本語能力に配慮した教育訓練の実施」を事業主に求めており、外国人側の日本語力を前提にした訓練を求めてはいません。また令和6年外国人雇用実態調査では、外国人労働者を雇用する理由の最多が「労働力不足の解消・緩和のため」の69.0%です。要件を上げれば応募母集団は狭くなるため、採用の目的と手段が衝突しないかを先に確認してください。
特定技能1号で受け入れています。日本語学習は会社が用意する必要がありますか。
出入国在留管理庁の義務的支援では、日本語学習の機会の提供は日本語教室等の入学案内や学習教材の情報提供等として規定されています。他方で職場や生活上の相談・苦情については、外国人が十分に理解することができる言語での対応が求められており、言語対応の負担は受入れ側に置かれています。二つは別の項目として読んでください。
日本人社員の側でできることはありますか。
厚生労働省は令和6年2月に支援ツール「コミュコツ」を策定し、外国人従業員とともに働く日本人従業員が工夫できるコミュニケーションの方法を説明しています。話し手の側の運用は、外国籍社員の日本語力が変わるのを待たずに着手できる領域であり、研修の効果が出ない職場ほど先に見るべき部分です。
自社の対応が規定を満たしているかどうか、この記事で判断できますか。
できません。指針の努力事項をどこまで満たしているか、個別の事情がどう評価されるかといった判断は弁護士の領分です。本記事は公的な規定が事業主に何を求めているかを整理したものであり、自社の状態の評価については、社会保険労務士や弁護士など専門家にご確認ください。
出典
- 外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針(平成19年8月3日 厚生労働省告示第276号)/厚生労働省 法令等データベース
- 外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針/厚生労働省 埼玉労働局
- 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(昭和四十一年法律第百三十二号)第七条/e-Gov法令検索
- 1号特定技能外国人支援・登録支援機関について/出入国在留管理庁
- 「外国人従業員とのコミュニケーションのコツ(コミュコツ)」を策定しました(令和6年2月)/厚生労働省
- 「令和6年外国人雇用実態調査」の結果を公表します(令和7年8月29日公表)/厚生労働省
出典確認日:2026年9月1日