外国人労働者の安全衛生教育は日本語で足りるか——厚生労働省の通達と多言語教材から考える

日本語だけでは足りず、母国語教材だけでも足りません。厚生労働省の通達は、安全衛生教育を母国語等や視聴覚教材を用いて「確実に理解できる方法」で行うよう求める一方で、指示や注意喚起を理解できるよう必要な日本語と基本的な合図を習得させる努力も求めています。入職時の教育は本人が理解できる言語の教材で行い、現場の口頭指示・警報・報告は日本語で交わせるように育てる、という役割分担で設計するのが通達の構成に沿った考え方です。

執筆: United World Nihongo 編集部 / 公開日: 2026年9月28日 / 出典: 厚生労働省労働基準局長通知「外国人労働者に対する安全衛生教育の推進等について」(平成31年3月28日 基発0328第28号)、労働安全衛生法第59条(e-Gov法令検索)、厚生労働省「外国人労働者の安全衛生管理」「マンガでわかる働く人の安全と健康」 / 確認日: 2026年9月1日

法律と通達が事業者に求めていること

出発点は労働安全衛生法第59条です。第1項は、労働者を雇い入れたときに、その業務に関する安全衛生教育を行うことを事業者に義務づけています。国籍による区別はありません。

事業者は、労働者を雇い入れたときは、当該労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、その従事する業務に関する安全又は衛生のための教育を行なわなければならない。

労働安全衛生法 第59条第1項(e-Gov法令検索)

同条第2項により、この規定は作業内容を変更したときにも準用されます。入社時に一度教育すれば終わり、ではありません。配置転換や担当する機械が変わる場面でも、同じ問題がもう一度起きます。

外国人労働者については、平成31年3月28日付で厚生労働省労働基準局長から都道府県労働局長あてに通達(基発0328第28号)が出ています。この通達は、教育の方法について次のように書いています。

外国人労働者に対し安全衛生教育を実施するに当たっては、当該外国人労働者の母国語等を用いる、視聴覚教材を用いる等、当該外国人労働者がその内容を確実に理解できる方法により行うこと。特に、外国人労働者に使用させる機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱方法等が確実に理解されるよう留意すること。

外国人労働者に対する安全衛生教育の推進等について(基発0328第28号)

見落とされやすいのは、同じ通達が日本語についても別に書いていることです。

外国人労働者が労働災害防止のための指示、注意喚起等を理解することができるようにするため、必要な日本語及び基本的な合図等を習得させるよう努めること。

外国人労働者に対する安全衛生教育の推進等について(基発0328第28号)

つまり通達は、本人が理解できる言語で教えることと、現場の日本語と合図を身に付けさせることを、別々の手段として並べています。どちらか一方で足りるという書き方ではありません。なお、個別の事業場の対応が法令上どう評価されるかは弁護士の領分であり、この記事は判断を示すものではありません。

なぜ日本語が労働災害の論点になるのか

厚生労働省は「外国人労働者の安全衛生管理」のページで、外国人労働者数の増加に伴い、外国人労働者の労働災害が増加傾向にあるとしています。そのうえで、要因を次のように挙げています。

外国人労働者の労働災害の要因として、業務経験が短い場合が多いこと、日本語そのものの理解が不十分であること、コミュニケーション不足により職場の危険の伝達・理解が不足していること等が考えられます。

厚生労働省「外国人労働者の安全衛生管理」

ここで挙げられている要因は二種類に分けられます。「日本語そのものの理解」は本人の言語能力の問題です。「危険の伝達・理解の不足」は職場のやり取りの問題です。後者は、本人の日本語力だけでなく、日本人の上司や同僚の話し方、合図の決め方、報告を受け止める仕組みにも関わります。

厚生労働省の多言語教材で何ができるか

「外国人労働者の安全衛生管理」ページの記載

このページでは、安全衛生教育教材が11言語(日本語、英語、中国語、ベトナム語、タガログ語、クメール語、インドネシア語、タイ語、ミャンマー語、ネパール語、モンゴル語)に対応し、8業種と業種共通の教材が用意されているとしています。

「マンガでわかる働く人の安全と健康」ページの記載

教材そのものを掲載しているページでは、対応言語を14言語(一部11言語)とし、業種・作業・危険有害要因別の教材17種類と業種共通の教材1種類を掲載しています。働く人の安全と健康について初めて学ぶ人向けの視聴覚教材(漫画教材)として作られたものです。

二つのページで言語数と教材数の書き方が異なります。社内で使う前に、教材ページで自社の業種と、社員の母国語の版があるかを確認してください。

教材が届く場面と届かない場面

これらの教材は、入職時や作業変更時に、時間を取って危険性と取扱方法を理解させる場面で力を発揮します。一方で、作業中に「止めて」「下がって」と声がかかる瞬間、警報や構内放送が流れる瞬間、本人が異変に気づいて誰かに伝える瞬間には、教材を開く時間はありません。その場で届く言葉は、多くの職場で日本語です。

母国語で届く場面と、日本語でしか届かない場面

安全に関わるやり取りを場面ごとに分けると、どこを母国語教材で担い、どこを日本語で担うかが見えてきます。

場面主な伝え方母国語教材で担えるか設計の要点
雇入れ時の教育(機械・原材料の危険性と取扱方法)教材・説明・実演担える本人の母国語の版を選び、理解したかを実演や復唱で確かめる
作業内容を変更したときの教育教材・説明・実演担える新しい作業に対応する教材があるかを確認し、なければ説明を用意する
作業中の口頭指示(止める、離れる、待つ)日本語の声かけ担いにくい現場で使う言葉を決めて、事前に本人に覚えてもらう
警報・構内放送音と日本語担いにくい音の種類と意味、取るべき行動を事前に結びつけておく
合図(手信号・笛など)身振り・音一部担える職場の合図を統一し、日本語の言葉と組にして教える
異常・ヒヤリハットの報告本人から日本語で担いにくい何が・どこで・どうなったかを言える短い型を身に付ける

表の下半分は、本人が受け取る側でも伝える側でも、その場で日本語が通じることが前提になっている場面です。通達が母国語教材とは別に「必要な日本語及び基本的な合図等」の習得を求めているのは、この部分だと読めます。

日本語教育は安全教育の代わりではなく補完

日本語研修を受けさせたからといって、労働安全衛生法第59条の安全衛生教育を行ったことにはなりません。安全衛生教育は事業者が行うものであり、日本語教育はその教育が現場で機能するための土台です。United World は認定日本語教育機関ではなく、当社の研修が何らかの制度上の要件を満たすものでもありません。

どの日本語から身に付けるか

安全の観点から優先順位を付けるなら、次の順が考えやすい設計です。

  1. 危険を止める言葉と合図に反応できる(「止まれ」「危ない」「離れて」「待って」など、職場で実際に使う言葉)
  2. 自分の状態を伝えられる(「分かりません」「もう一度お願いします」「痛いです」「おかしいです」)
  3. 異常を短く報告できる(何が、どこで、どうなっているか)
  4. 手順の説明や注意事項を日本語で理解できる

最初の二つは語数が少なく、短期間で練習できます。一方で、これが身に付いていないと、どれだけ良い母国語教材で教育しても、現場の一言が届きません。

理解の確認は「はい」に頼らない

「分かりましたか」への「はい」は、理解の証拠になりません。分からないと言いにくい関係では特にそうです。手順を本人に実演してもらう、合図を見せて取るべき行動を答えてもらう、といった確認に置き換えてください。「分かりません」「もう一度」を言いやすくすることも、日本語教育の目的に含めるべきです。

日本人側の言い方もそろえる

本人が「止まれ」を覚えても、現場で「ストップ」「ちょっと待った」「おい」と言い方がばらばらでは届きません。現場で使う安全の言葉を決めて一覧にし、日本人の上司・同僚もそれを使う、という取り決めは日本語研修と同じくらい重要です。

人事・経営が決めておくこと

  • 雇入れ時と作業変更時の安全衛生教育を、本人が理解できる言語の教材や説明で行う体制があるか
  • 厚生労働省の教材に、自社の業種と社員の母国語の版があるか。なければ代わりをどう用意するか
  • 現場で使う安全の言葉と合図を決めて、一覧にしているか
  • 理解の確認を、口頭の「はい」ではなく実演や復唱で行っているか
  • 日本語教育の内容を、現場の指示・警報・報告の場面から逆算して決めているか

安全衛生教育の実施方法や、事故が起きた場合の責任の評価は、弁護士などの専門家に確認してください。日本語教育の側で担えるのは、現場の言葉が届く状態をつくることです。

よくある質問

外国人労働者の安全衛生教育は日本語で行ってもよいですか。

厚生労働省の通達(基発0328第28号)は、外国人労働者の母国語等を用いる、視聴覚教材を用いる等、内容を確実に理解できる方法で行うよう求めています。日本語で行う場合も、本人が確実に理解できたかを確かめる手段が必要です。個別の対応が法令上どう評価されるかは弁護士に確認してください。

母国語の教材があれば日本語教育は不要ですか。

不要とは言えません。同じ通達は、労働災害防止のための指示や注意喚起を理解できるよう、必要な日本語と基本的な合図を習得させる努力も求めています。現場の口頭指示や警報は、その場で日本語で届くことが多いためです。

厚生労働省の多言語教材は何語に対応していますか。

厚生労働省「外国人労働者の安全衛生管理」のページは11言語対応・8業種と業種共通の教材としています。「マンガでわかる働く人の安全と健康」のページは14言語(一部11言語)としており、ページにより数が異なるため、使う前に最新の掲載を確認してください。

作業内容が変わったときも安全衛生教育は必要ですか。

労働安全衛生法第59条第2項は、雇入れ時の教育の規定を、労働者の作業内容を変更したときについて準用するとしています。配置転換や新しい機械の担当になった外国人社員にも、理解できる方法で改めて教育を行う設計が必要です。

日本語研修を受けさせれば安全衛生教育を行ったことになりますか。

なりません。日本語研修は、現場の指示や報告を日本語で交わせるようにするための補完であり、労働安全衛生法第59条が事業者に求める安全衛生教育そのものの代わりにはなりません。両者は別々に計画してください。

現場で使う日本語から研修を設計したい企業の方へ

安全衛生教育そのものは事業者が行うものです。United World Nihongo では、現場の指示・合図・報告に使う日本語を、職場で実際に使う言葉に合わせて身に付ける法人研修についてご相談を承ります。

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